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マスコミ報道の誹謗中傷、インターネットでの名誉棄損にお悩みの歯科医の方は、迷わずご相談下さい。初期対応が肝心です。まず弁護士に相談しアドバイスを受けることをお勧めします。
弁護士鈴木が力を入れている歯科医院法務に関するコラムです。
ここでは、歯科訴訟の判例のご紹介、ご説明を致します。
取り上げる判例は、平成16年9月16日名古屋高等裁判所の判決です。
なお、説明のために、事案等の簡略化をしています。
事案の概要
被告歯科医師が、日刊新聞「サンケイスポーツ」に、奥歯の痛みで受診した患者の前歯4本を切断し、これにより保険医療機関の指定及び保険医登録の取消処分を受けたかのような印象を与える記事(本件記事)を掲載され、歯科医師としての社会的評価を著しく低下させられるとともに、歯科医院を休業に追い込まれたとして、出版社に対し、1億円及びこれに対する遅延損害金の支払いを求めた事案の控訴審です。
1 出版社の反論内容
出版社は、
@本件記事は、奥歯の痛みで治療を受けた患者が、歯槽膿漏でないのに、そうであるとして歯科医師に前歯4本を切断されたとする内容の損害賠償請求訴訟を係る歯科医師に対して提起した事実を報道したにすぎない、歯科医師が主張するような悪い印象を読者に与えるものではなく、また、歯科医師は、既に保険医登録等の取消処分を受けた事実等を広く報道され、社会的評価は著しく低下していたから、本件記事の掲載により新たに社会的評価が低下したとは考えられない、
A仮に、社会的評価を下げるとしても、本件記事の内容は、公共の利害に関わる事実であり、かつ、専ら公益を図る目的があり、真実であるから違法でない、
B仮に、違法であるとしても、本件記事を掲載した新聞は、静岡県等以東の地域でのみ販売され、他県に所在する被告歯科医師の患者に影響を与えることはない上、係る歯科医院は、本件記事掲載前に、保険医登録等の取消処分により既に業務を停止するなどしていたから、その後の休業及び廃業は本件記事の掲載と相当因果関係がない
などと反論した。
2 争点に対する第1審裁判所の判断
第1審裁判所は、
@本件記事は、訴訟提起の事実にとどまらず、歯科医師が歯槽膿漏の治療と称して悪くない前歯4本を切断したらしいとの認識を読者に生じさせかねず、被告歯科医師の社会的評価を低下させる、
A本件記事の内容(歯槽膿漏の治療と称して悪くない前歯4本を切断したとの事実)が真実であるとは認められず、真実であると信じることについて相当な理由があったことの主張、立証がない、
B休業損害及び逸失利益は、本件記事の掲載と相当因果関係を認めるに足りず、慰謝料及び弁護士費用(合計90万円)が損害として認められる
として、損害賠償金90万円及び遅延損害金を認容した。
これに対して、出版社が、判決を不服とし、名古屋高等裁判所に控訴を提起した。
争点に対する控訴審裁判所の判断
争点1 本件記事が読者に医療過誤が現実に起きた印象を与えるか
【裁判所の判断】
歯科医師は、本件記事は、あたかも、歯科医師が奥歯の痛みに対するオリジナルな治療として奥歯とは関係のない前歯4本を切断するなどという明らかな医療過誤を起こしたかのような印象を読者に与え、これにより歯科医師の社会的評価を低下させたと主張する。
新聞記事が特定人の社会的評価を低下させるか否かを判断する前提として、当該記事が読者にいかなる印象を与えるかの判断は、一般読者の普通の注意と読み方とを基準として判断するのが相当である。そして、新聞記事のうち、見出しや特定の記述(リード文や本文の一部)を独立して取り上げてその部分のみを評価の対象とするのは相当でなく、一般読者が、それらを含めた記事全体を読んでどのような印象を受けるかという観点から判断すべきである。
本件記事は、全体として大学院生が歯科医師を被告として損害賠償請求訴訟を提起したことに関する記事であると容易に理解することができ、訴えの内容については、「大学院生が、奥歯の痛みを訴えて受診したのに、異なる部位である前歯が真実は歯槽膿漏ではなかったのに歯槽膿漏と診断され、新治療と称して説明もなしに前歯を切断された」との訴えであると理解するのが一般読者の普通の読み方である。
なお、訴訟提起の事実のみならず、大学院生が主張するような治療を歯科医師が現実に行ったのではないかとの印象を抱く読者もないではないと思われるが、一般読者において、損害賠償請求訴訟が提起されている記事を読んで、直ちにそこで主張されている医療過誤が現実に起きたであろうとの印象を抱くことは通常考えにくく、むしろ、当該訴訟提起者の言い分として理解するのが通常であり、一般読者において、医療過誤が現実に起きたであろうとの印象を抱くことが普通の読み方であるとまではいえない。
以上、本件記事は、一般読者に対し、大学院生が治療をした歯科医師に対し損害賠償請求訴訟を提起している印象を与えるにとどまり、それ以上に、そのような医療過誤が現実に起きたであろうとの印象を与えるものではない。
争点2 歯科医師の社会的評価の低下の有無
【裁判所の判断】
本件記事は、歯科医師が、歯槽膿漏ではないのに歯槽膿漏であると称して歯を切断する治療をしたとして、損害賠償請求訴訟を提起されているとの印象を一般読者に与えるものであるが、このような明白な医療過誤を理由に損害賠償請求を受けているとの事実は、医療過誤の成否にかかわらず、開業歯科医にとって社会的評価を低下させるものといえる。
これに対し、出版社は、本件記事が掲載された時点で、既に保険医登録等の取消処分を受けた事実は広く報道され、また、本件記事と同じ内容の記事を掲載した別の日刊紙が多数発行されていて、歯科医師の社会的評価は既に著しく低下していたから、本件記事の掲載によって新たに歯科医師の社会的評価が低下したとは考えられないと主張するが、本件記事が掲載された当時、歯科医師の社会的評価が既に著しく低下していたとはいえず、本件記事の掲載によって新たに歯科医師の社会的評価は低下したというべきである。
争点3 公共利害性及び公益目的性の有無
【裁判所の判断】
民事上の不法行為である名誉毀損においては、当該行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、専ら公益を図る目的でなされた場合には、摘示された事実が真実であると証明されたときは、当該行為に違法性はなく、不法行為は成立しないと解すべきである。
本件記事は、大学院生が、奥歯の痛みを訴えて受診したのに、異なる部位である前歯について、真実は歯槽膿漏ではなかったのに歯槽膿漏と診断され、新治療と称して説明もなしに前歯を切断されたとして、歯科医師に対し、損害賠償請求訴訟を提起しているというものであり、歯科医師は、歯科医師法等により規制された治療行為を行うとなどの活動を通じ、社会に及ぼす影響は少なくなく、治療行為の適否や医師のモラル等に関する問題は、歯科治療を受ける患者ないし一般国民にとって関心事であり、必ずしも軽視できないものであるから、本件記事は、公共の利害に関する事実であると認められる。また、本件記事は、揶揄的な表現を含むものであることは否定できないが、上記の事情からすれば、専ら公益を図る目的で掲載されたものであると認められる。
争点4 報道された事実の真実性
【裁判所の判断】
大学院生は、平成9年12月上旬、右奥歯の痛みを訴えて診察を受け、後日、左奥歯の治療のために通院したところ、下の前歯がひどい歯槽膿漏であるので、先にオリジナルな治療をすると言われ、治療方法及び内容について事前に説明も受けず、かつ、その同意も求められないまま下顎の前歯4本を根元から切断されたので、大学歯学部附属病院で切断された前歯の診断と治療を依頼したところ、歯槽膿漏は認められず、前歯4本の切断は通常では考えられない治療であるとの説明を受けたなどとして、歯科医師に対し、診療契約の債務不履行に基づき慰謝料500万円の損害賠償を求め、地方裁判所に訴訟を提起していたことが認められる。
したがって、本件記事の内容は真実であるから、本件記事の掲載について違法性は阻却され、不法行為は成立しない。
判決:結論
控訴人敗訴部分を取り消す。
治療に関するインターネットでの誹謗中傷や名誉棄損、インターネットのトラブルに悩んでいる歯科医の方は、迷わずお電話を下さい。ご状況を十分に確認聴取した上で、取るべき対応、留意点などを具体的にアドバイス致します。