インプラント治療のトラブルに強い、歯科医師のための弁護士です。
インプラントに関する患者トラブルにお悩みの歯科医師の方は、迷わずご相談下さい。初期対応が肝心です。まず弁護士に相談しアドバイスを受けることを強くお勧めします。
弁護士鈴木が力を入れている歯科医院法務に関するコラムです。
ここでは、歯科訴訟の判例のご紹介、ご説明を致します。
取り上げる判例は、平成19年7月26日東京地方裁判所の判決です。
なお、説明のために、事案等の簡略化をしています。
事案の概要
大学病院で歯科診療を受けた患者が、これを契機に、その際の担当医師の経営する歯科医院でインプラント手術を受け、係る歯科医師の手技上の過失により、術後、上顎洞炎を発症し、また、咀嚼に支障が生じるなどの障害を負ったと主張して、4092万5949円及びこれに対する遅延損害金の支払いを求めた事案です。
事案の概要は以下のとおりです。
1 インプラントの上部構造装着までの診療経過
患者(昭和42年生まれの女性)は、平成13年から大学病院の外科及び医療センターに通院していたところ、平成13年4月27日、その大学病院の歯科口腔外科を受診し、非常勤講師として勤務していた歯科医師の診察を受け、右上臼歯部の動揺を訴えた。歯科医師は、デンタルX線写真及びパノラマX線写真を撮影し、患者に対し、経過不良となっている右上6番を抜歯し、抜歯後には入れ歯かインプラントしかないと述べた上、インプラント手術についての説明を行い、さらに、病院では月2、3回程度の診察、治療しかできないが、自らの歯科医院であれば毎日診察していること等を話して、午後に歯科医院に来るよう指示した。
平成13年4月27日午後、患者は、歯科医院を受診し、歯科医師に対し、インプラント手術を受けることに同意した。
平成13年5月2日、歯科医師は、患者の右上6番の抜歯を行い、抜歯後、パノラマX線写真を撮影した。同画像上、上顎洞に炎症所見は認められなかった。
平成13年5月8日、歯科医師は、患者に対し、右上4番、5番相当部に直径4.5mm、長さ13mmのインプラント体を、右上6番の抜歯窩に直径5.5mm、長さ10mmのインプラント体をそれぞれ埋入し、術後、パノラマX線写真を撮影した。同画像上、上顎洞内に出血は認められなかった。
平成13年8月1日、歯科医師は、患者のインプラント体に動揺がないことを確認した。
平成13年8月31日、歯科医師は、原告の右上4番から6番相当部にインプラントの上部構造物を装着した。
2 上部構造装着後の診療経過
患者は、平成14年5月21日、他院を受診し、右上7番(右上顎第2大臼歯)の歯周炎急性発作を指摘され、また、同月30日、インプラントによる歯性上顎洞炎の疑いがあるとして、大学病院にかかるよう指示された。
平成14年5月31日、患者は、右顔面痛、歯痛、頭痛等を主訴に、大学病院の耳鼻咽喉科を受診し、右上顎洞炎との診断を受け、同年6月3日から同月14日まで、同科に入院して治療を受けた。
平成14年6月12日、患者は、他の大学病院で、右頬部の圧痛、右鼻閉感の原因を精査する目的で診察を受け、右上顎洞炎と診断された。同月18日、同病院で、患者の右上7番の抜歯が行われた。
平成14年8月10日、患者は、さらに他の病院で診察を受け、同年9月17日、担当医師は、同日のカルテに患者の上顎洞炎は治癒の状態であると記載した。
平成18年7月13日、患者は、大学病院歯科医療センターにおいて、右上6番のインプラント体を抜去する手術を受けた。同時点においては、右上6番のインプラント周囲骨はインプラント中部に強硬にインテグレーション(骨組織との直接の結合)を起こしており、インプラント体を外した窩からは、洞粘膜が視認できる状態であった。
争点及び裁判所の判断
争点1 インプラント体を洞粘膜に貫通させ、易感染状態にさせた過失の有無
【裁判所の判断】
患者は、歯科医師が、インプラント手術において、インプラント体を洞粘膜に貫通させた手技上の過失があると主張する。
しかしながら、CT検査報告書に「遠心側のインプラント体は上顎洞内に露出している。」と記載されていることから、直ちにインプラント体が洞粘膜を貫通しているとは推認することはできない。また、患者の上顎洞炎が確認されたのは、インプラント手術から約1年後の平成14年5月であって、これによれば、インプラント手術後に上顎洞炎が発症したとの事実から、洞粘膜の貫通があったと推認することはできない。
かえって、患者の治療経過においては、インプラント手術後のパントモ画像上、上顎洞内には、洞粘膜の穿孔を窺わせる出血が認められず、仮にインプラント体が洞粘膜を貫通していれば、手術直後から感染や出血が起こることが考えられるが、平成13年5月9日には、患者の口腔内、鼻腔内から、出血は認められず、その後同年8月31日にインプラントに上部構造を装着する際にも、感染の徴候は見られなかったことなどが認められるのであって、インプラント手術において、右上6番に埋入されたインプラント体が洞粘膜を貫通したと認めることはできず、歯科医師にインプラント体を洞粘膜に貫通させた手技上の過失があるとはいえない。
争点2 インプラント体を上顎骨に貫通させ、洞粘膜と接触させ易感染状態にさせた過失の有無
【裁判所の判断】
患者は、仮に、インプラント体が洞粘膜を貫通していないとしても、歯科医師には、インプラント手術において、インプラント体を上顎骨に貫通させ、洞粘膜と接触させた点に手技上の過失があると主張する。
そこで検討すると、インプラント体の抜去時に、窩から洞粘膜が視認できたことからすれば、インプラント体は、上顎骨を貫通していたと推認するのが相当である。しかし、インプラント体を上顎骨に貫通させ、洞粘膜と接触させたとしても、そのことで直ちに易感染性が生じるとは認められない。もっとも、歯科医師には、本件インプラント手術において、インプラント体を上顎骨に貫通させないように、骨を残してドリリングをすべき手技上の注意義務があった。歯科医師には、本件インプラント手術において、インプラント体を上顎骨に貫通させないように、骨を残してドリリングすべき手技上の注意義務に違反した過失が認められる。
争点3 注意義務違反と患者の損害との因果関係
【裁判所の判断】
患者は、インプラント体を上顎骨に貫通させたことにより、インプラント体の装着が不十分な状態となって、インプラント体が洞粘膜を貫通し、上顎洞が口腔内と交通し、易感染状態が生じたために、原告に上顎洞炎が発症し、その結果、インプラント体を埋入した部位で十分に咀嚼ができない状態となったものであると主張する。
しかし、患者の上顎洞炎は、右上7番の根尖性歯周炎に由来して生じた可能性が高く、患者が、インプラント手術の手技により易感染性が生じたことが原因で、上顎洞炎を発症し、また、インプラント体を埋入した部位で十分に咀嚼ができない状態となったとは認められないというほかない。よって、インプラント体を上顎骨に貫通させないように、骨を残してドリリングすべき手技上の注意義務に違反した過失と、患者の上顎洞炎の発症及び咀嚼機能の低下との間に、因果関係を認めることはできない。
判決:結論
原告の請求を棄却する。
インプラント手術の咀嚼障害のトラブル、咀嚼障害の訴訟、インプラント裁判に悩んでいる歯科医の方は、迷わずお電話を下さい。診療録などの証拠及び患者の主張内容などを十分に確認聴取した上で、取るべき対応、留意点などを具体的にアドバイス致します。