矯正治療のトラブルに強い歯科医師のための弁護士です。
矯正に関する患者トラブルにお悩みの歯科医師の方は、迷わずご相談下さい。初期対応が肝心です。まず弁護士に相談しアドバイスを受けることを強くお勧めします。
弁護士鈴木が力を入れている歯科医院法務に関するコラムです。
ここでは、歯科訴訟の判例のご紹介、ご説明を致します。
取り上げる判例は、平成20年12月25日東京地方裁判所の判決です。
なお、説明のために、事案等の簡略化をしています。
事案の概要
日本歯科大学附属病院の小児歯科及び矯正歯科に順次通院して診療を受けていた患者(昭和53年生まれ)が、小児歯科での診療中に歯根吸収及び開咬を生じ、さらに、矯正歯科での診療中にこれらが悪化したとした上、小児歯科での診療中に歯根吸収及び開咬を生じたのは、担当医師において、
@前歯部のデンタルレントゲン撮影を行い、歯根吸収を発見したときに速やかに矯正治療の中止又は治療方針の変更をして重篤な歯根吸収の発生を防止すべき義務を怠ったこと、
A新たな不正咬合を発生させない義務を怠ったこと、
これらが原因であり、また、矯正歯科での診療中にこれらが悪化したのは、担当医師において、
@治療を中止するか、又は、後戻り(矯正治療後移動を行った歯が元の不正の状態に再び戻り始めること)の経過を見ながら保定装置に切り替えるといった歯根吸収の危険性のより低い消極的治療を選択すべき義務を怠ったこと、
A前歯部のデンタルレントゲン撮影をし、歯根吸収を発見したときに速やかに矯正治療の中止又は治療方針の変更をして重篤な歯根吸収の発生を防止すべき義務を怠ったこと、
B新たな不正咬合を発生させない義務を怠ったこと、
これらが原因である、矯正歯科の担当医師には、歯根吸収の危険性等について十分な説明をしなかった説明義務違反があると主張して、日本歯科大学に対し、1859万7940円及びこれに対する遅延損害金の支払いを求めた事案です。
争点及び裁判所の判断
争点1 治療前及び治療中におけるエックス線検査義務の違反の有無
【裁判所の判断】
患者は、担当医師が、治療を開始する前(遅くとも唇側線の取り付けられた可撤式拡大装置を装着する平成6年8月31日の前)及び上記装置を装着した数か月後において前歯部のデンタルレントゲン撮影をし、歯根吸収を発見したときには、これを進行させないために、速やかに矯正治療の中止又は治療方針の変更をして重篤な歯根吸収の発生を防止すべき義務を負い、その後も、歯根吸収の疑いがなければ年1回の頻度で、歯根吸収の疑いがあれば6か月に1回の頻度で、前歯
部のデンタルレントゲン撮影をし、歯根吸収を発見したときには、上記措置をとるべき義務を負っていたにもかかわらず、これを怠ったと主張している。
患者は、叢生等の不正咬合の治療のために、矯正治療を受けることを希望したものであるところ、歯根吸収の性質については、歯根吸収が起きるか否か、どの程度の歯根吸収が起きるかは個々の患者によって異なることになるから、患者の希望に基づいて歯の矯正治療を行っている医師が、歯根吸収を発見した場合に常に矯正治療を中止し又は治療方針を変更する義務や、歯根吸収の発生を防止するために画一的に年1回又は6か月に1回の頻度で前歯部のデンタルレントゲン撮影を行う義務を負っていると解することはできない。
争点2 治療中に新たな不正咬合を生じさせてはならない義務の違反の有無
【裁判所の判断】
患者は、担当医師が、治療中に新たな不正咬合を発生させない義務を負っていたにもかかわらず、これを怠り、開咬という新たな不正咬合を生じさせたと主張しているが、担当医師の治療行為によって患者の開咬が生じたとは認めることができないから、担当医師が、治療中に新たな不正咬合を発生させない義務を怠った旨をいう患者の主張は採用できない。
争点3 積極的治療中止義務違反の有無
【裁判所の判断】
患者は、担当医師が、歯根吸収の危険性の高いマルチブラケット装置を使用するような積極的治療を実施せず、治療を中止するか、又は、後戻りの経過を見ながら保定装置に切り替えるといった歯根吸収の危険性のより低い消極的治療を選択すべき義務を負っていたにもかかわらず、これを怠ったと主張する。
患者の矯正歯科初診時(平成10年8月28日)において、患者には、@アングルT級であるが、左側はV級気味である、A上下顎左右1番の被蓋が浅く、オーバーバイトが+0.5oである、B上顎に正中離開がある(上顎左右1番の間に1oの空隙がある。)、C下顎前歯に叢生がわずかにある、といった不正咬合が認められ、患者は、その改善のための矯正治療を受けることを希望したものであるところ、歯根吸収の性質については、歯根吸収が起きるか否か、どの程度の歯根吸収が起きるかは個々の患者によって異なることになるから、患者の希望に基づいて歯の矯正治療を行っている医師が、一般的に歯根吸収の危険性のより低い消極的治療を選択すべき義務を負っていると解することはできない。
争点4 説明義務違反の有無
【裁判所の判断】
患者は、担当医師が、矯正治療を開始するに当たって、@力を掛けないように矯正治療を行ったとしても、歯根吸収が進行して、重篤化する危険性があること、A消極的治療を実施することが可能であること、B矯正治療を受けることによる利害得失(積極的治療による場合、消極的治療による場合、治療を中止する場合等の比較を含む。)を説明すべきであったにもかかわらず、これを怠ったと主張する。
この点について、担当医師は、オルソパントモの確認により患者の上下顎前歯の歯根が短いと判断され、また、上下顎左右1、2番のデンタルレントゲンの確認により歯根吸収があるため矯正によりもっと歯根が短くなる可能性があると判断されたことから、平成10年11月30日にこれを患者に説明したこと、小児歯科初診時ころのパナグラフィーの確認により少なくとも上顎左右1番の歯根は同小児歯科初診時のころから短かったと判断されたことから、同年12月11
日、患者に対し、咬み合わせを作るために前歯を挺出させなければならないため、歯根のさらなる吸収が起こる可能性が大きいこと、最悪の場合は、失活、脱落も考えられること、小児歯科では取り外しのできる矯正装置が用いられていたため、治療により前歯部に歯根吸収が起こることは考えられず、体質的に歯根が吸収しやすい可能性が考えられることを説
明したことが認められる。担当医師は、最悪の場合は、失活、脱落も考えられるとまで説明しており、このような説明を受ければ、通常、歯根吸収が進行する危険性を認識し得るというべきであるから、担当医師の歯根吸収に関する事前の説明について、説明義務違反の違法があったとはいえない。
争点5 治療中のエックス線検査義務違反の有無
【裁判所の判断】
患者は、担当医師が、6か月に1回の頻度で前歯部のデンタルレントゲン撮影をし、歯根吸収を発見したときには、これを進行させないために、速やかに矯正治療の中止又は治療方針の変更をして重篤な歯根吸収の発生を防止すべき義務を負っていたにもかかわらず、これを怠ったと主張する。
しかしながら、患者の希望に基づいて歯の矯正治療を行っている医師が、歯根吸収を発見した場合に常に矯正治療を中止し又は治療方針を変更する義務や、歯根吸収の発生を防止するために画一的に6か月に1回の頻度で前歯部のデンタルレントゲン撮影を行う義務を負っていると解することはできない。
争点6 治療中に新たな不正咬合を生じさせてはならない義務の違反の有無
【裁判所の判断】
患者は、担当医師が、矯正歯科での治療中に新たな不正咬合を発生させない義務を負っていたにもかかわらず、これを怠り、小児歯科で発生した開咬を悪化させたと主張している。
この点について,担当医師は、前歯部の被蓋を深くするために、上下顎左右3番に垂直ゴムをかけるなどの処置を行ったこと、これにより、平成12年2月15日に、左右の側方歯が上下にしっかり咬み合うようになり、アングルT級に近くなったと判断されたこと、同年3月8日には、左右6番がアングルT級となり、側方歯がそろってきたと判断されたこと、また、同年4月26日には、いまだ十分な被蓋は得られていないが、側方歯の咬合は良好であり、犬歯関係はアングルT級であると判断されたこと、同年5月26日には、被蓋がわずかにでき、同年6月21日には、被蓋が少し深くなったと判断されたことが認められ、担当医師の行った上記措置は、開咬の悪化を防止するための相当な措置であったということができる。担当医師が矯正歯科での治療中に新たな不正咬合を発生させない義務を怠ったことを認めるに足りる証拠はない。
判決:結論
原告の請求を棄却する。
小児矯正の失敗、小児矯正のトラブル、小児矯正の訴訟、裁判に悩んでいる歯科医の方は、迷わずお電話を下さい。診療録などの証拠及び患者の主張内容などを十分に確認聴取した上で、取るべき対応、留意点などを具体的にアドバイス致します。