歯科医療トラブルに強い、歯科医師のための弁護士です。
検査に関する患者トラブルにお悩みの歯科医師の方は、迷わずご相談下さい。初期対応が肝心です。まず弁護士に相談しアドバイスを受けることを強くお勧めします。
弁護士鈴木が力を入れている歯科医院法務に関するコラムです。
ここでは、歯科訴訟の判例のご紹介、ご説明を致します。
取り上げる判例は、平成24年12月26日東京地方裁判所の判決です。
なお、説明のために、事案等の簡略化をしています。
事案の概要
大学病院の小児歯科を受診して治療を受けていた患者が、腫瘍崩壊症候群を発症し腸管穿孔を発症して死亡したのは、担当の歯科医師が血液検査の実施を怠り腫瘍性疾患(バーキットリンパ腫)の診断及び治療が遅滞したことによるものであるなどと主張して、遺族が1億1272万3570円及びこれに対する遅延損害金の支払いを求めた事案です。
事案の概要は以下のとおりです。
1 患者が大学病院受診に至るまでの経緯
患者(平成9年3月17日生)は、平成19年1月22日、歯牙の疼痛、左上E歯(上顎左側第2乳臼歯)の頬側歯肉の膨隆の出現等を訴えて、親と歯科医院に赴き、診察を受けた。担当の歯科医師は、左上E歯の根尖性歯周炎と診断し、その根管を開放する処置を実施するとともに、ケフラール(抗菌薬)及びフロベン(消炎鎮痛薬)を処方した。
患者は、1月29日、歯科医院に赴き、担当の歯科医師は、症状に変化がないことから、大学病院に紹介することにした。
2 大学病院での2月2日までの受診の経過
患者は、1月30日、大学病院(小児歯科)に赴き、診察を受け、担当の歯科医師は、慢性化膿性根尖性歯周炎、歯肉膿瘍と診断し、左上E歯を抜歯して経過観察をすることにした。
患者は、1月31日、担当の歯科医師の診察を受け、担当の歯科医師は、頬側歯肉の膨隆が若干縮小したことから、経過観察を継続することにし、フロモックス(抗菌薬)及びカロナール(鎮痛薬)を処方した。
患者は、2月2日、小児歯科長の診察の診察を受け、小児歯科長は、経過観察を継続することにしたが、頬側歯肉の膨隆が依然消失しないこと、左上4番歯(上顎左側第1小臼歯)から6番歯(上顎左側第1大臼歯)までの頬側に膨隆が認められること、膨隆部に弾性があり、圧痛を訴えていること、左上4番歯及び6番歯に動揺があることから、歯科麻酔・全身管理科の歯科医師に診察を依頼した。
3 大学医学部附属医院受診に至るまでの経緯
患者は、2月4日頃、腹痛、下痢、嘔吐感等の症状が出現したことから、同月6日朝、内科医の診察を受けた。内科医は、腹部の膨隆を認めて急性胃腸炎と診断し、ブスコパン(胃腸炎等に対する鎮痙薬)を点滴投与するとともに、ムコスタ(胃炎、胃潰瘍治療薬)及びビオフェルミンR(整腸薬)を処方した。
患者は、2月6日、担当の歯科医師の診察を受け、担当の歯科医師は、オルソパントモグラフ撮影を実施した上、抜歯窩を掻爬し、バラシリン(抗菌薬)を処方した。
患者は、2月7日、担当の歯科医師の診察を受け、担当の歯科医師は、顕著な変化はないものの、頬側歯肉の膨隆が縮小傾向を示し、発赤も消退傾向を示していることから、経過観察を継続することにした。
患者は、2月9日朝、内科医の診察を受け、内科医は、腹痛等の症状が改善しないこと、腹部が膨隆し軽度の抵抗があることから、腸閉塞を疑い、患者を病院に紹介した。
患者は、2月9日午前11時頃、病院に赴き、小児科医の診察を受け、小児科医は、血液検査、尿検査、胸部、腹部及び頭部エックス線検査並びに頭部CT検査を実施し、口腔外科医にも診察を依頼した上、@
縦隔腫瘍等の悪性疾患あるいは血栓等による血管閉塞性病変が疑われる、A 頬側歯肉の膨隆は抜歯を原因とする左側上顎洞炎であると診断して、患者を大学医学部附属医院に紹介した。
4 大学医学部附属病院入院後死亡に至る経緯
患者は、2月9日、直ちに大学医学部附属医院に入院し、担当の医師は、2月11日、悪性リンパ腫に伴う腫瘍崩壊症候群の発症を疑い、急性腎不全に対応するため透析を実施するとともに、全身状態の維持を目的として、プレドニン(副腎皮質ホルモン製剤)の投与を開始した。担当の医師は、2月14日、頬側歯肉の膨隆につき組織診断を実施し、悪性リンパ腫と診断した上、プレドニンを増量投与し、同月17日には、ビンクリスチン(抗がん剤)の投与を開始した。担当の医師は、2月20日、患者をバーキットリンパ腫と診断(確定診断)し、キロサイド(抗がん剤)の投与を開始した。担当の医師は、2月21日、腸管破裂(腸管穿孔)を疑い、緊急開腹手術を実施したが、患者は、汎発性腹膜炎、播種性血管内凝固症候群(DIC)、急性呼吸窮迫症候群(ARDS)等を発症し、同月26日午前4時57分、ARDSを直接の原因として死亡した。
争点及び裁判所の判断
争点1 1月30日の診察時点での血液検査義務違反の有無
裁判所の判断:
・ 1月30日の診察時点で、腫瘍性疾患に特有の所見があったとまでいうのは困難である。
・ 1月30日の診察時点で、血液検査を実施して炎症性疾患と腫瘍性疾患とを鑑別する必要があったとはいえない。
【結論】
担当の歯科医師が、それまでの臨床所見基づき、左上E歯のう蝕を長期間放置したことに起因する慢性化膿性根尖性歯周炎、歯肉膿瘍である可能性が高いと診断し、このことを前提に、経過観察を継続し、炎症性疾患ないし腫瘍性疾患の鑑別を目的として血液検査を実施しなかったことをもって、注意義務違反とまでいうのは困難である。
争点2 2月2日の診察時点での血液検査義務違反の有無
裁判所の判断:
・ 2月2日の診察時点で、腫瘍性疾患に特有の所見があったとまでいうのは困難である。
・ 2月2日の診察時点で、血液検査を実施して炎症性疾患と腫瘍性疾患とを鑑別する必要があったとはいえない。
【結論】
担当の歯科医師が、それまでの臨床所見基づき、左上E歯のう蝕を長期間放置したことに起因する慢性化膿性根尖性歯周炎、歯肉膿瘍である可能性が高いとの診断を変更せず、このことを前提に、経過観察を継続し、炎症性疾患ないし腫瘍性疾患の鑑別を目的として血液検査を実施しなかったことをもって、注意義務違反とまでいうのは困難である。
その他の争点について
裁判所の判断:
・ 担当の歯科医師に注意義務違反がないから、因果関係の有無等、その余の点について判断する必要はない。
判決:結論
原告の請求を棄却する。
歯科トラブル、歯科訴訟、歯科裁判に悩んでいる歯科医の方は、迷わずお電話を下さい。診療録などの証拠及び患者の主張内容などを十分に確認聴取した上で、取るべき対応、留意点などをアドバイス致します。