歯科診療のトラブルに強い歯科医師のための弁護士です。
アナフィラキシーショックの訴訟、トラブルにお悩みの歯科医の方は、迷わずご相談下さい。初期対応が肝心です。まず弁護士に相談しアドバイスを受けることをお勧めします。
弁護士鈴木が力を入れている歯科医院法務に関するコラムです。
ここでは、歯科訴訟の判例のご紹介、ご説明を致します。
取り上げる判例は、平成15年10月16日青森地方裁判所弘前支部の判決です。
なお、説明のために、事案等の簡略化をしています。
事案の概要
歯科医院で歯科医師から麻酔薬(キシロカイン)を投薬された患者が死亡し、患者の遺族が歯科医師に対し、医療過誤があったとして、6670万4188円及びこれに対する遅延損害金の支払いを求めた事案です。
事案の概要は以下のとおりです。
1 患者死亡に至る診療経過
患者(昭和47年4月10日生まれの女性)は、平成4年1月18日から平成7年4月19日までの間、別の歯科医院で複数回局所麻酔薬としてキシロカインを使用されているが、特に異常な反応を示すことはなかった。
患者は、平成8年8月28日午前10時過ぎ、前歯をきれいにしてもらうため、被告歯科医院を訪れた。
患者は、係る医院では初診であり、まず受付をした。その後、歯科助手が、患者に「歯を抜いたことはありますか。」「特別薬で副作用を起こされたことはありますか。」等の質問をして、その結果をカルテの表紙の右下部分に、「1抜歯や手術の経験・有、その時の状態・良、2注射・内服薬の副作用・無、ペニシリンの注射・無、3血圧・普通、4出血時間・普通、5貧血・無」と記載した。
その後、歯科医師による診療が始まった。患者は、歯科医師に対し、前歯をきれいにして欲しいと言い、歯科医師は、患者の口内を検査した。患者の歯は、生活歯にインレー及びCR(コンポジットレジン)がされていた。これは局所麻酔をして行うことが通常であったので、歯科医師は、この治療の状態からして、患者が以前に局所麻酔を施術されたことがあると認識し、患者に対し、前歯4本に前装冠術を施すことを提案し、患者はこれを承諾した。
歯科医師は、局所麻酔を実施する前に、カルテの問診結果を確認し、体の具合で悪いところはないかという質問を患者にしたが、特に問題はないとの回答であった。そこで、表面麻酔として、上顎歯内粘膜に脱脂綿でキシロカイン軟膏(5%)を塗布して5分くらい様子をみた。同塗布部分に何らの異状な変化がみられなかったため、歯科医師は、患者にキシロカイン(2%)アンプル(1.8ミリグラム)を歯科用注射器に装着させ、カートリッジ用歯科用浸潤麻酔針によって0.2ないし0.3ミリグラムを患者の上顎歯内粘膜から上口唇粘膜の移行部付近2箇所に浅く、豆粒大のふくれができる程度に注入し、表層部を麻痺させるとともに、異状反応が起こらないかどうかの様子を見た。
キシロカイン注入後10分以上経っても何らの異状もみられなかったので、歯科医師は、キシロカインアンプルを上顎歯内粘膜から上口唇粘膜の移行部付近2箇所に徐々に液を放出しつつ、深層部に針を進めながら注射した。なお、注射部位は、太い血管は存在しない場所であった。
歯科医師が、キシロカインアンプル1本を注射し終え、もう一本のアンプルを注射している最中、患者は突然、自分の頭部に手を当てようとする不穏な行動をとった。患者の表情が苦しそうであったので、歯科医師は、2本目のアンプルの注入を途中で止め、患者の状態に気付いた歯科助手が患者の診療台を起こした。歯科医師は、患者が過換気症候群(緊張のため過換気となり呼吸困難に陥る状態)による症状を呈したのではないかと考え、患者に対し深呼吸を勧めたり、歯科助手に二酸化炭素を体内に取り込ませるための紙袋を用意させるなどの指示をした。しかし、患者の呼吸はだんだん弱くなっていった。
歯科医師は、アナフィラキシーショックの可能性も考え、歯科助手に対し、酸素ボンベを持ってくるよう指示した。なお、当時、歯科医院に酸素ボンベ(酸素吸入器)はあったが、心肺蘇生器具はなかった。このころ、受付の歯科助手が、歯科医院の隣にある内科・小児科専門医の医師のところに応援を求めに行った。なお、本件以前にも、歯科医院で患者が軽度のアナフィラキシーショックと思われる症状を発症したことがあり、その際にも医師が駆けつけて措置をした。
連絡を受けた医師は、1分もかからないくらいで歯科医院に急行し(なお、この時点で、患者の具合が悪くなってから約10分前後が経過していた。)、患者の静脈を確保するなどの救命措置を講じようとしたが、すでに意識はなく、失禁もしており、危険な状態にあったため、救急車を呼ぶように指示し、午前11時14分、救急車の派遣が要請された。そして、医師は、患者に対して心臓マッサージをしたり、持参したアンビューバッグを歯科医院の酸素ボンベに接続して人工呼吸をするなどの蘇生措置を試みた。
救急車は、午前11時18分、歯科医院に到着し、患者は、午前11時32分、病院に搬送されたが、同日午後零時30分、死亡した。死亡を確認した医師は、死因を麻酔によるショック死と診断した。
2 患者の死因
患者の死体は、平成8年8月30日、大学医学部法医学講座の医師により解剖されているところ、その鑑定書によれば、患者の死因をキシロカイン(リドカイン)ショックと診断したことが認められる。
患者に対して歯科治療が行われ、その後死亡するに至った一連の経過を考えあわせれば、患者の死因は、歯科医師が患者に施術した浸潤麻酔であるキシロカインによるアナフィラキシーショックであると認められる。
争点及び裁判所の判断
争点1 問診義務違反の有無
【裁判所の判断】
遺族は、歯科医師が、麻酔剤を投与する際に、事前に十分な問診をする注意義務を負うとし、詳細な問診をしていれば、本件のアナフィラキシーショックの発症を避けることができたと主張する。
しかし、歯科用局所麻酔剤を投与されて異状を生じたことがあるというような特段の訴えがない限り、アナフィラキシーショックに関する詳細な問診を行う必要はない。
本件では、患者から、過去にキシロカイン等を投与された際に異状がみられたというような申出はなかったし、歯科医師にそのような疑いを抱かせるような事情はなかったと認めることができる。
歯科医師に問診義務違反はない。
争点2 キシロカイン注射時の手法違反の有無
【裁判所の判断】
遺族は、歯科医師に局所麻酔剤を投与する際に適正な場所に注射しなかった注意義務違反があると主張する。
しかしながら、本件での注入部位には太い血管はなく、患者の口内血管にキシロカインが直接注射されたとも考えられないし、口腔内には毛細血管が多数存在するから、麻酔時に直径2ミリ程度の内出血が生じたとしても、それほど問題があるものとも思われない上、歯科医師がキシロカインを注射した場所に問題があったことをうかがわせる証拠はない。
歯科医師の手法に注意義務違反があったと主張する遺族の主張は認められない。
争点3 救護義務違反の有無
【裁判所の判断】
遺族は、歯科医においては、局所麻酔薬を常時使用するのであるから、麻酔によるアナフィラキシーショックが起きた場合に備えて、心肺蘇生器具を常備し、抗ヒスタミン薬、ステロイド剤を常備すべきであるし、設備の整った大病院等への緊急連絡体制を備えるべき注意義務を負うのみならず、麻酔によるショックが生じたときには直ちに酸素吸入、人工呼吸等の事後措置を行うべき注意義務を負うと主張する。
鑑定の結果によれば、アナフィラキシーショックが発症した場合に備えて歯科医院で常備しておくべき設備及び薬としては、血圧測定器や聴診器等のモニター及び酸素吸入器(酸素も含む)が必須であり、その他に、輸液セット、昇圧系薬
剤、抗アレルギー剤、人工呼吸補助器具等が必要とされること、また、アナフィラキシーショックが発症した場合には、歯科医師は、脳に対しての血液と酸素の供給を図るため、診断を中止し、直ちに患者を水平位にしたり、患者の頭部を低くして、スタッフに緊急事態が発生したことを周知させ、応援医の来院や救急車を要請することとともに、第1次救命処置(心臓あるいは呼吸停止が起こったときにその場に居合わせた人によって開始されるべき、観察と認識、気道確保、人工呼吸法、心臓マッサージから構成されるもの)を開始し、できれば薬剤などを使用して第2次救命処置(第1次救命処置に器材・器具や薬剤を使用して行う心肺蘇生法)を開始すべきであるとされている。
被告歯科医院では、局所麻酔剤としてキシロカインを常時使用しており、キシロカインの使用によりアナフィラキシーショックが起きることも予見可能であるばかりか、歯科医院で過去に麻酔により軽度のアナフィラキシーショックと思われる症状が発症したこともあるというのであるから、アナフィラキシーショックが発症した場合に救急措置をとるべく、少なくとも血圧測定器や聴診器等のモニター及び酸素吸入器(酸素も含む)を常備するとともに、アナフィラキシーが発症した場合には、歯科医師は、診断を中止し、直ちに患者を水平位にしたり、患者の頭部を低くし、スタッフに緊急事態が発生したことを周知させ、応援医師の来院や救急車を要請するとともに、第1次救命処置を開始すべき注意義務を負うというべきである。
本件では、歯科医院に酸素ボンベは備えられていたものの、血圧測定器や聴診器等のモニターを備えていたと認めるに足る証拠はないし、患者がアナフィラキシーショックを発症した後、歯科医師は、直ちにキシロカインの投与を中止してはいるものの、直ちに患者を水平位にしたり、患者の頭部を低くしたりせず、過換気症候群ではないかと疑って、医師が到着する以前に酸素ボンベを使用することはなかったと認めることができる。歯科医師がアナフィラキシーショックの発症に混乱するなどして、患者に対する十分な救命処置を行っていなかったことは明らかである。
しかしながら、本件では、患者がアナフィラキシーショックを発症した後10分前後という短時間で医師が駆けつけ、救急車を要請するとともに自ら救急措置を講じているが、医師が駆けつけたときには、患者はすでに失禁して意識を消失していたのであって、本件のアナフィラキシーショックは、医師が駆けつけた時点で蘇生することが困難な、極めて重篤なものであったことが認められる。
しかも、鑑定の結果によれば、仮に、設備及び薬が十分にあり、これらが適切に使用されるなど患者に対する十分な措置が採られたとしても、患者の死亡の結果を避けることができたかどうかを判断することはできないとしている。
そうすると、仮に、歯科医院にモニターが常備され、歯科医師が、モニターや酸素ボンベを適切に使用するなどしたり、医師に対する応援依頼や救急車の要請をより早い時点で行っていたとしても、アナフィラキシーショック発症からわずか10分前後くらいの時間内に患者の死亡という結果を避けることが可能であったかどうかについては疑問があるといわざるを得ない。
よって、歯科医師に救護義務違反があり、救護義務が尽くされていれば患者の死亡という結果を避けることができたとする遺族の主張は理由がない。
判決:結論
原告の請求を棄却する。
麻酔のアナフィラキシーショックのトラブル、アナフィラキシーの訴訟、裁判に悩んでいる歯科医の方は、迷わずお電話を下さい。診療録などの証拠及び患者の主張内容などを確認聴取した上で、取るべき対応、留意点などを具体的アドバイス致します。