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治療中に歯科医が歯肉と歯髄をやけどさせた判例をご紹介します。歯科トラブル、歯科訴訟にお悩みの歯科医の方は、歯科医師のための弁護士、サンベル法律事務所に迷わずご相談下さい。

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歯科訴訟:治療中の歯肉と歯髄のやけど

歯科診療のトラブルに強い歯科医師のための弁護士です。

やけどに関する患者トラブルにお悩みの歯科医師の方は、迷わずご相談下さい。初期対応が肝心です。まず弁護士に相談しアドバイスを受けることを強くお勧めします。

弁護士鈴木が力を入れている歯科医院法務に関するコラムです。
ここでは、歯科訴訟の判例のご紹介、ご説明を致します。


取り上げる判例は、平成15年1月14日岡山地方裁判所の判決です。
なお、説明のために、事案等の簡略化をしています。

 事案の概要

患者が、両側顎関節症の治療のために大学歯学部附属病院で歯科医師の診察を受けたところ、歯科医師が加熱した即時重合レジンを用いて患者の上下顎の噛合の型どりをする際、レジンを口腔内にセットしたまま経過観察を怠ったため、前歯4本の歯肉及び歯髄にやけどを負ったとして、歯科医師に対し、1100万円の支払いなどを求めた事案です。

事案の概要は以下のとおりです。

1 診療、やけどに至る経過

患者は、歯科衛生士であり、大学病院を受診し、両側顎関節症の治療のためにマウスピースの型どりを受けていた。
歯科医師は、大学歯学部歯科補綴学第一講座に所属していた。
患者は、平成11年11月4日、顎関節症の治療のため大学病院第一補綴科を受診し、診察を受けた。同月11日のMRI撮影を経て、同月26日に両側顎関節症と診断され、治療のためマウスピースを作製することになった。
同日、歯科医師は、マウスピース作製のためのワーキングモデル(作業用模型)を作製するため、アルジネートという材料(粉)を使って上下顎の印象採得を行った。次いで、上下顎の咬合採得(上下顎の噛み合わせや前後左右の位置関係の型取り)を行うため、液(モノマー)と粉末(ポリマー)とを練和して柔らかい団子状の即時重合レジンを作り、それを患者の下顎切歯部に置いてゆっくり閉口を命じて意図した高さで閉口を止めさせた。ところが、即時重合レジンの量が少なかったためか、患者はそれを噛み切った。そこで、歯科医師は、即時重合レジンの量を増やして、再度、患者に対して同様の作業を行い、次の作業に必要なシリコーン製咬合採得材を取るため、患者の傍を離れた。練った即時重合レジンには、わずかの時間(約1分程度)で発熱しながら硬く固まる性質(即硬性)があり、約3分で硬化して口腔内で上下顎の噛み合わせの型ができる(アンテリアジグ)。また、即時重合レジンは量の増加に伴い発熱量も増す。実際、歯科医師が約30秒後に患者の傍に戻ってみると、同レジンの発熱が始まっており、患者の熱いとの訴えによりアンテリアジグを除去したところ、下顎前歯部唇側歯肉に白変がみられた。そこで、患部を冷やした後、アンテリアジグを下顎切歯部に装着し、引き続き臼歯部にシリコーン製咬合採得材を置いて噛ませ、咬合採得を完了した。その後、口内炎治療の塗り薬を塗布して患者を帰宅させる際、歯科医師は患者に対して、口腔内はすぐ治るから大丈夫との説明を行った。

2 やけど後の経過

患者は、上記やけどにより、平成11年11月29日から平成12年6月23日までの間、大学病院に通院して歯科医師の治療及び電気歯髄診断を受けた。
患者は、本件事故によるやけどにより下顎前歯の冷温水痛がひどくなったため、平成11年11月29日に経緯を説明の上で歯科医師の診察を受けた。その際、下顎前歯部唇側歯肉の白変はびらん状態となっていたので、口内を消毒剤で洗浄され、鎮痛剤等を処方された。
同年12月16日、患者は、歯科医師に対し、「なぜ謝らないのか。」と問い詰めた。同日の診察では、下顎前歯部唇側歯肉のびらんは完治していたが、下顎前歯部の冷温水痛が解消しないとのことであったため、電気歯髄診断や鎮痛剤の処方のほか、マウスピースを入れる処置を受けた。患者が駐車場に車をとめた旨言うと、歯科医師は、大学病院ロビーに降りてきて、駐車料金にと5000円の入った白い封筒を患者に渡した。
同月17日、歯科医師は、商品券3万円と謝罪の手紙を同封して患者に郵送すると共に、同月19日、患者宅に詫びの電話を入れた。
同月28日、歯科医師は、患者に対し、謝罪の手紙を郵送した。
平成12年1月13日、患者は、診察の帰り際に、歯科医師に対し、弁護士に相談したと告げた。
同月14日、患者は、弁護士の無料法律相談に赴いた。
同年2月3日、患者は、どうしても納得がいかず、歯科医師宅へ電話で示談による解決を望む旨伝え、その後、歯科医師からの伝言として示談金20万円での解決打診が歯科医師からあった。
同月24日、患者は、歯科医師の診察を受ける際、20万円での示談解決を少し待ってほしいと伝えた。
平成13年11月20日、他の歯科医院で、患者の主訴、冷水、打診により疼痛あり、診断の結果、歯髄炎の疑い程度と思われ、安静持続すれば治癒と思われるとして、病名としては、「歯槽膿漏、歯髄炎及び歯根膜炎の疑い」との診断書が作成された。

 争点及び裁判所の判断

争点1 歯科医師の過失の有無

【裁判所の判断】
即時重合レジンは練和からわずかの時間(約1分程度)で発熱しながら硬く固まる性質(即硬性)があり、さらに量の増加は発熱量の増加に関連している。また、本件事故時における使用量と同程度の即時重合レジンの温度変化実験によれば、約50℃前後まで上昇した状態が数秒間続く場合があり、歯髄に炎症が生じるとされる43℃を超える場合もありうることが認められる。また、その発熱により、現に患者の歯肉にやけどが生じたことは当事者間に争いのない事実である。
とすれば、即時重合レジンの使用量、発熱量、時間によっては、患者の歯及び歯肉にやけどを負わせる危険性があることは否定できず、そのこと自体は十分予測可能であるから、同使用にあたっては患者にやけどを負わせることがないように、使用量や混和比率等に十分な注意を払い、硬化終了まで経過観察をする義務があると言わざるを得ない。
確かに、即時重合レジンの口腔内の使用によりやけどを生じた事例が知られていないことは認められるが、それは単に表立った報告例がなかったか、他の歯科医師が使用量や混和比率等に十分意を払い、硬化終了までの経過観察を怠らなかったためであるとも考えられ、歯科医師の過失を否定する根拠足り得ない。
したがって、歯科医師の過失は否定できない。

争点2 患者の損害の程度

【裁判所の判断】
患者が歯科医師の過失により負った口腔内のやけど以上に、歯髄炎を負ったことを前提として、局部に頑固な神経症状を残す後遺障害があると認めるに足りる証拠はない。
さらに、患者は、本件事故後の欠勤はなく、仕事上に直接の影響は出ていない。労働能力が喪失しているとは認められず、逸失利益は認められない。
患者が、本件事故により現実に下顎前歯部唇側歯肉にやけどを負ったこと、これにより下顎前歯の疼痛過敏状態等を生じたこと、平成11年12月16日以後歯科医師から何度か抜髄の申出を受けていること、他方、歯科医師は、やけどに関する自らの落ち度を認めており、謝罪やお詫び金等の交付、さらには示談を望んだ形跡が窺えること、もっとも、患者は歯科医師の言動に納得いかず、弁護士に相談している旨告げたり、歯科医師に電話で示談の成立を言いつけるなどしたことなど、本件に現れた諸般の事情を総合考慮すると、歯科医師の患者に対する慰謝料としては80万円をもって相当と認める。
患者が本件訴訟を提起、遂行するにあたり、弁護士を委任したことは当裁判所に顕著な事実であるところ、医療事故訴訟という専門性を有する事案の内容、立証活動の難易、認容額の程度等本件弁論に現れた一切の事情を考慮すると、20万円をもって相当と認める。

 判決:結論

被告は、原告に対し、金100万円及びこれに対する平成11年11月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。


歯髄や歯肉のやけどのトラブル、やけどに関する歯科訴訟、裁判に悩んでいる歯科医の方は、迷わずお電話を下さい。診療録などの証拠及び患者の主張内容などを確認聴取した上で、取るべき対応、留意点などを具体的アドバイス致します。


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